国際協力の仕事と映画な日々

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音楽プロデューサーの小西康陽さんがステキ過ぎる理由

映画館でよくお見かけします。

ピチカート・ファイブの小西康陽さん。

音楽好きの方はもちろんご存知と思います。私が初めて知ったのは野宮真貴さんが「東京は夜の七時」を歌っていた頃でしょうか。とにかく「オシャレ」感が満ち溢れた音楽グループでした。

1990年代の日本において一世を風靡した「渋谷系」と呼ばれる系統に属し、その音楽性のみならず3代目ボーカルである野宮真貴のルックス・ファッション面でも評価が高かった。自らを「ハッピー」、「キャッチー」、「グルーヴィー」、「ファンキー」といった言葉で形容することが多い。 その活動はアメリカやイギリス、フランスなどの欧米諸国にまで及び、ミック・ジャガーピチカート・ファイヴのファンを公言していたほか、ロバート・アルトマン監督の『プレタポルテ』(1994年)や劇場版『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)で「トゥイギー・トゥイギー~トゥイギー対ジェイムズ・ボンド~」(元曲は野宮のソロ時代のもの)が使われたり、2002年のオースティン・パワーズ#第3作では「東京の合唱」が流れるなど、複数の外国映画で楽曲が使われた。

ピチカート・ファイヴ - Wikipedia

小西康陽さんは2001年の解散までグループを牽引した唯一のオリジナルメンバーで、大半の楽曲において作詞・作曲を担当された方です。

その小西さんを映画館で初めてお見かけしたのは、新宿武蔵野館でした。

上映されていたのは、ハル・アシュビー監督の1971年公開作品『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』。 19歳の自殺を演じることを趣味としている少年と、79歳の天衣無縫な老女との恋を描いた、それはそれはステキな映画です。

映画の感動もさることながら、会場を出てロビーで小西さんの姿を目にした時は、驚きのあまり体温が3度くらい上昇しました。

やっぱり欧米の60~70年代映画とか好きなんだーと思っていたら、日本の古い映画もお好きなようで、次に遭遇したのは(閉館した)銀座シネパトス、その後も池袋の新文芸坐や渋谷のシネマベーラと、名画座で頻繁にお見かけします。

小西さんはどの映画館でも比較的前の方の座席で鑑賞するのがお好きなようで、数日前にお見かけしたラピュタ阿佐ヶ谷では最前列に腰かけていらっしゃいました。

時々ipadを手にしていたりもします。

本当に映画がお好きなんですね。

初めて武蔵野館でお見かけした直後に最近の活動を知りたくてググってみたら、なななんとこんな風に書かれてありました!

大学3年生の頃から映画マニアになり、ミュージシャンデビューする25歳までの間、名画座を渡り歩き年間200本もの映画を観る。大学卒業時には、日活の助監督試験を受験した。

小西康陽 - Wikipedia

日活の助監督を一瞬でも志していたなんて、、

ステキ過ぎます。

うっとりしちゃいます。

 

小西さんプロデュースで私が最も好きな作品が、夏木マリさんの『13シャンソンズ』。

このアルバム、一曲一曲がまるで映画を観ているかのような感覚に陥ってしまう、そんなグッとくる曲ばかりなんですよね~。夏木マリさんの歌も本当に心地良いし。そして買った当時は、まさか小西さんが映画マニアだなんて知る由もなく・・。

こういうのってほんと嬉しい。

 


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