国際協力の仕事と映画な日々

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映画「風立ちぬ」のシベリアから考えてみた「施すこと」「施されること」

いつものように食材を買って帰ろうと近所のスーパーに入ったら、珍しいものが売っていました。

シベリア。

シベリアというお菓子のことは宮崎駿監督の「風立ちぬ」を見るまで、聞いたことありませんでしたし食べたこともありませんでした。

 夜道にぽつんと灯る明かり。遅くまで仕事をして帰ってきた堀越二郎は、その明かりに近づいていく。明かりの先は、駄菓子とパンを商う店。二郎は「シベリアを2つおくれ」と言う。それを聞いて店主は、パンの間に黒いものを挟んだサンドイッチ状の三角形のものを新聞紙に包んで渡す――。

 これは、2013年7月に封切りになった宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」の1シーンだ。主人公の二郎が買ったこの「シベリア」なるお菓子らしきもの。それがいったい何物なのかとちょっとした話題になっている。

  映画が話題になるにつれ、SNSやネットなどでシベリアに言及している記述を目にすることが増えた。そうした情報をまとめると、シベリアは明治時代の終わりから大正時代にかけて日本で生まれ、昭和初期には関東を中心にパン屋には必ず置かれていた人気のお菓子とのこと。いまでも、細々と売り続けている店があるらしい。

なぜ作られなくなったのか? 堀越二郎が食べていた「シベリア」|食の安全|JBpress

映画では上記あらすじの続きとして、以下のようにつづきます。

  • 店の前に赤ん坊を背負った少女と幼い少年が立っている
  • 店主が彼らの身の上を二郎に聞かせる
  • 店を出た二郎が少女たちに「ひもじいだろ、お食べ」とシベリアを差し出す
  • 少女はプライドを傷つけられたかのようにプイと顔を背け、去っていく

そして下宿先では親友の本庄とこのような会話を交わします。

本庄「お前は、当然感謝されるだろうという気持ちでシベリアを女の子に差し出したんだろう」

二郎「そうかもしれない・・」

本庄と二郎の会話には、本庄が現実主義者であるのに対し、二郎は理想主義者であることを表現するねらいがあるのかもしれません。あるいは堀越二郎がいかに天才肌の人間で、今風にいうところの「空気が読めない」いや、「空気を読まない」タイプの人間であるか、を浮彫にするためのシーンだとも言えるでしょう。シベリアはそのための小道具なのです。

そして、その奥底には、宮崎駿監督の「施すこと」に対するネガティブな思想が垣間見える気もします。

お金や物を施されたことはありますか?

私の仕事は、自分の努力だけでは生活環境を変えられないような海外の子どもの支援です。いわば「施す」側と言えます。

一方で、日本国内に向けては支援(寄付)を呼びかける側でもあります。これは「施されること」にあたるでしょうか。

そういう日常を送っているからこそ、「風立ちぬ」を観た時にこのシベリアのシーンは特に印象に残りました。

そんなことをスーパーで思い出しながら、買い物を済ませました。

風立ちぬ」は大好きな作品です。

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